「とある雨の夜」


「生きているとはどういうことでしょうか」


「ふむ。それを聞いて君はこの状況に一石を投じることを考慮してくれる保障はどこにあるのかね」


「それについては応えられません。が、私にはそれを聞く権利があるはずです」


「なるほど。では逆に聞くが、君は『生きる』ために必要なモノはなんだと思うかね」


「……」


「生きていくために必要なモノ、だ。考えたことくらいあるだろう?」


「……水、でしょうか」


「違うな」


「空気?」


「近いが、それも違う」


「食物とでも言えばいいのでしょうか」


「食ってクソして寝るだけなら『生きる』とは言わない。『死んでいない』というんだ」


「では、なんなのでしょうか」


「君にはないのかね」


「……わかりません」


「『生きる』ために必要なものとはな、エネルギーだよ」


「エネルギーならば先ほど私が食物などの肉体的エネルギー摂取を」


「違うな。わたしが今言っているエネルギーとは、生きるための活力とでも言い換えたほうがしっくりくるのかもしれん」


「……活力?」


「君に守りたいものはあるかね」


「……」


「命を賭してでも守り抜きたいものはあるかね。もしくは、命を維持するためには全てを投げ打ってでも守りたいものはあるかね」


「そのエネルギーが、人間が生きるために必要とするモノなのでしょうか」


「そうだ。人によって違うが、例えばそれは家族だったり、恋人だったり、友人だったりする。そして、それが物理的な物であるとは限らない」


「心、とでも言うつもりですか」


「陳腐な言い方をすればそうなるな。人は生きる目的があるときはただひたすらに健康だ。しかし、仕事をやめ、会社をやめ、生きるために必要なことを見失った人間の老化はあまりにも早い」


「……」


「老化に限らず、生きる目的を失っている……もしくはもともとない人間は、先ほどの言葉を使えば『死んでいない』のとあまり変わらないと思わないかね」


「『生きよう』としない人間の生命力の低下ですか……確かにそれは興味深い意見ではあります」


「そうとも、非常に興味深い話だ。もっとも、君にそう簡単に理解してもらおうとはさらさら思ってはいないがね」


「それでは、私のような存在は今この瞬間からでも『命』に向き合えることが可能なのでしょうか。あなたの言うとおり『生きる目的』を見出せば」


「それは、わたしにはわからない話だ。君が今この瞬間からどのように生きていくかは知らないし、知ることもないだろうから」


「確かに……ですが、人間が生きていこうとする力とは、そこまで手に入れづらいものなのでしょうか? あなたの言い方を察すると、『おまえには無理だ』と指摘されているような錯覚に陥ります」


「それはその人間次第だろうさ。言っただろう、目的は人それぞれだと。もし君が本気で『生きていこう』と思ったなら、それはそれだけで目的なのだろうさ」


「目的を達成したのちは?」


「『死んでいない』に戻るか、改めて『生きる』か。それもまた、君次第だ」


「……人間とは、かくも厄介で難しいものですね」


「人間とはかくあるべき、と推し量るのはあまりに傲慢とは思わないかね」


「まったくです。それでは良い旅を、博士」


「いささか不本意な出発だがね。なるべくお手柔らかに頼むよ、オートマトン


「……」


「………………………」


「……生きる目的……私の…生きる目的は……?」


「………………………」


「……生きること……生存すること。そのためには、邪魔なものを排除する」