きしんだ床の一歩いっぽに思いを込めよう。






祖母の家は閑静な住宅街にあるのですが、そこそこの所得者であった祖父の力でなかなかの邸宅であるのです。
が、数年前から祖母は老人ホームに移り住むようになり、現在家には誰も住んでいません。
週に一回、業者の掃除が入るだけです。


僕からすれば幼少期からときたま足を運ぶ家で、洋風の雰囲気とそれぞれの部屋に薫る昭和の匂いから独特の思い出があった家でありました。
おおきくなったらこの家を買い取るんだ、なんて言ってた僕だったんですが、



ついにこの家が売りに出されることになりました。



維持費もばかにならないことと、税を払うだけで住みもしない家ですから、存在する意味もないのです。
祖母もどこか寂しげでしたが、親戚と話し合った上での結果なのだそうです。


そういうわけで、今日は僕と母の二人で、この家にある使えそうな家具を探しにいきました。
どうせあっても壊されるだけですからね。
車を走らせること35分、氷川台の静かな住宅街の片隅に僕らは到着しました。



玄関を開けるとほのかなカビの匂いと、あの懐かしい匂いが流れてきました。
同時に、これまでの思い出も少しずつ、少しずつ、蘇っていきます。



サザエさんの初版などが置いてある書斎。
…ここでトランプのルール覚えたなあ。
あのころは気味悪がってた日本人形のある客間。
…いつもはここで寝てたっけ。
わけのわからない仮面やかけじくの並ぶ日本間。
…正月は親戚みんなでここでお祝いしてたなぁ。あのころは父さんも母さんも仲良かった。
レトロなものの並ぶ洗面所やお風呂。
…ずべって転んでよく泣いた。
一緒にパンを作って食べた食卓。
…生まれてはじめてファミコンやったのもここだったな。
たてつけの悪い廊下への扉。
…こんな家、もう東京にはそうないだろうなぁ…



ひそかに住んでみたい家候補ナンバーワンだったのですが、どうやらそれもここまでのようです。
祖父母の苦労して建てた家、母と伯母の育った家、ネコのティムが眠る家、みんなの思い出の詰まった家。



できることなら先延ばししてもらって、
そのうち僕が買い取ってリフォームしてやるぜ、なんて思ったりもしましたが、
ここはあくまで祖父母の一生を証明する家です。僕の出る幕ではありません。




早ければ7月にも転売されるそうです。
できれば誰か友達呼んで、ここでパーティしたかったなぁ。



僕は使えそうなチェアをひとつ頂戴することにしました。パソコンをやるのに丁度よさそうです。
それではご機嫌よう。ぜひとも天国に行ってください。



僕はそうつぶやき、家に礼をしました。