さすがに黄色に青のジャケットはないと思うんだ。




ウチの親父は離婚したのちにどこにいったかといいますと、割と近所に住んでいるのであります。具体的には一駅先。
で、8畳間の自分空間に一人住まいをしておりまして、月に1回バンドの練習、最近はボサノバのプロと組んで厳しい練習を続けるかたわら、不動産の仕事をするために宅建の勉強をしているのだそうです。
会社の仕事も忙しいらしいのですが、元が甘ったれの彼はそこを材料に自分がいかに大変かをアピールしてくるのです。
基本的にはいい人なんですが、要するに甲斐性がないって点と甘ったれなところは反面教師、といったところでしょうか。


僕が誕生日だということで、顔を見せにいくことになりました。
もちろんそれでもたった一人の父親ですから、会いにいくのはそれなりに楽しみです。遺産や借金(億単位です)の話さえなければ、彼と話をするのは面白いのですから。
人間、年をとっても続けられる趣味というのはいいものです。父は軽音楽を嗜んでいるのですが、彼曰く「スポーツと違い現役を越えても付き合っていける」というあたりがいいところなのだそうです。同感です。
僕も最近ドラムやベースには興味を持っているのですが、いかんせん練習する時間がありません。親父のところに習いに行くというシチュエーション的には感動を誘うのですが、僕には就職活動という切ない現実が待っているのでした。アーメン。


ところで、僕は昨夜カレーを作りました。あめ色タマネギと人参を完膚なきまでにすり潰し、おまけに豚肉すらもひき肉に変えるという暴挙をそのまま形にしたうんこ色のアレです。
コーヒーを入れてコクを出し、チーズを入れてチーズカレーというちょっと工夫をこらしたものにしてみたのですが、要するに作りすぎて翌日も食べたのです。



そして、父が作ってくれていたのは、ぐつぐつと煮えたぎる豆カレーでした。



死んでしまおうと3回思いました。




「秋物の洋服がほしいんだよー」
僕はさりげに『小遣いくれないかなぁ』オーラを出してみました。もちろん欲しいものはバイトして買おうと思っていたのですが、もらえるものならもらえたほうが断然いいに決まっています。
これも企業戦略なのです。わかれ。
ジャケットの話まで進んだところで、父はタバコを灰皿に置き、すっくと立ち上がりました。
「ジャケットか、ちょっとまてよ」
そういうと自分のハンガーラックを漁り出す父。まさか、まさか。ちょっと…
「あったあった、これなんかどうだ」
やっぱりお古を渡す気か!


自慢気に取り出した父の両手には、2着のジャケットが掴まれていました。右手には灰色のカジュアルジャケット、左手にはそれはそれはありえない色ののしましまジャケットです。


「どっちかあげるよ。どっちがいい?」



選択の余地はありませんでした。ありがとう父さん。